働き方

人事異動で一喜一憂しない

サラリーマンにとって人事異動は大きなイベント。先日オフィス街界隈を昼間に歩いていました。周辺を行き交うのはサラリーマン一色。すると後ろで同僚らしき二人の話が聞こえてきました。「次の体制はこうなるらしい。淡々といくしかないようなあ・・・」

その会話を聞いて昔を思い出しました。あの組織はこうなる、今度のヘッドは◯◯さんらしい、同期はあそこへ異動になる・・・年に何回か人事異動の話で持ち切りになる季節がありました。そんな中自分はどうなるのか?一喜一憂していました。

昇格する人が優れていて、そうじゃない人はだめ人間。会社の評価が自分の評価。人生が会社の評価で決まってしまう。評価されない自分には将来がない。もうこの世の終わりだ・・・挙句にそこまで思い込んでしまうこともありますよね。

これは大きな間違いです。会社や組織は一面的にしか人を見ていません。そもそも人には多面性があります。組織に合った人間か否か。その一点だけで人の魅力なんてわかるはずがありません。会社の評価だけで自分を将来を決めてはいけないのです。

こんなことを言っても今会社にいたらそうは思えないでしょう。僕もサラリーマン時代はそうでした。サラリーマン世界から外に出てわかったことです。人には必ず良いところがあります。たまたま今の部署では評価されなかっただけのこと。そんなもんだと思えばいいんです。

会社の中にある出世レース。その先にあるものって何でしょう。上に登りつめて役員室をあてがってもらう。支社のトップに立って公用車を使えるようになる。部署の中で上に立って権限が使えるようになる。少しばかり給料が増える。・・・せいぜいそんなところではないですか。

僕もひところはレースの真っ只中にいました。同期と出世トップを競っていました。ライバルが昇格し自分がそのままだと腹立たしく感じました。「何であいつが・・・」「俺の方がやっているのに・・・」妬んだりもしました。そんなことに神経をすり減らしたときもありました。

今思い返すとなんてくだらないことに必死になっていたのかと思います。会社の肩書きは会社の中だけでしか通用しません。いくら大きな会社でそこそこのポジションにいても一歩外の世界に出ればただのおっさん。何の役にも立ちません。単なる一人の人間、一人の人間としてどうかが全てになります。

他人は他人、自分は自分。周囲のことを気にしたって何の意味もありません。要は自分がどうありたいのか?人生をどうつくっていきたいのか?それだけのこと。人事異動に一喜一憂していたら、一度その場にいる自分から離れてみましょう。あなたの大切な人生はそんなちっぽけなところではない場所にあるはずだから。

会社は一面的、人には多面性がある